『ヘテロトピア集』 管啓次郎

『ヘテロトピア集』
管啓次郎 / コトニ社 / 四六判並製 / 232P

詩人・エッセイスト・翻訳家であり、日本文学最高の文章家の一人とも言われる管啓次郎による初の小説集。

未知の人生たち――。
ありそうでなさそうな、なさそうでありそうな……。
そんな時代と場所と人物が、まじわり、飛びこえ、
現代によみがえるもう一つの小さな世界。
異郷(ヘテロトピア)への旅物語。

この100 年の東京へのアジア系移民たちの物語をつむぐ巡礼型演劇作品「東京ヘテロトピア」(Port B)のために書かれた5篇にはじまり、北投(台湾)、ピレウス(ギリシャ)、リガ(ラトヴィア)、アブダビ(アラブ首長国連邦)、ヘルダーリンの小径(ドイツ)へ。中篇「三十三歳のジョヴァンニ」、対話劇「ヘンリと昌益」も併録。

目次
Ⅰ ヘテロトピア・テクスト集
 言葉の母が見ていた(ショヒド・ミナール、東京)
 神田神保町の清頭獅子頭(チンドゥンシーズートウ)(漢陽楼、東京)
 本の目がきみを見ている、きみを誘う。旅に(東洋文庫、東京)
 小麦の道をたどって(シルクロード・タリム、東京)
 川のように流れる祈りの声(東京ジャーミィ、東京)
 北投の病院で(北投、台湾)
 北投、犬の記憶(北投、台湾)
 ピレウス駅で(ピレウス、ギリシャ)
 港のかもめ(リガ、ラトヴィア)
 アブダビのバスターミナルで(アブダビ、アラブ首長国連邦)
 パラドクスの川(ヘルダーリンの小径、ドイツ)
 
Ⅱ もっと遠いよそ
 野原、海辺の野原
 そこに寝そべっていなかった猫たち
 偽史
 三十三歳のジョバンニ
 ヘンリと昌益

川が川に戻る最初の日
 
 跋

前書きなど


 「東京ヘテロトピア」は演出家・高山明とPort Bの二〇一三年の作品で、過去百年あまりの東京におけるアジア系住民たちの語られざる物語を主題とし、それぞれ特定の場所に埋めこまれた忘れられた歴史に、想像力によって接近する試みだった。選ばれた地点についての歴史の掘り起こしを、チームがリサーチする。その資料をうけとって、作家たちが物語を執筆する。ぼくは高山さんから物語を執筆する作家たちの選出を依頼された。瞬時に頭に浮かんだのが小野正嗣、温又柔、木村友祐のみなさんだった。大分県南部の漁村とカリブ海フランス語圏の島々を直結する想像力の持ち主である小野さん、台湾に生まれ東京で育ち文化的・言語的なはざまをつねに意識しつつ生き考え書く温さん、八戸出身で南部弁を母語とし東北のまつろわぬ民の魂を主題化しようとする木村さん。かれらほど、このプロジェクトにふさわしい作家たちは他にいなかった。
 そこにぼくも加わり四人で手分けして場所の物語、ありえたかもしれない過去を書いた。書いた、必死で想像して。それは歴史忘却の上にたって自己形成をおこなってきた近代日本に対する批判であり、東京五輪による都市の記憶の破壊を二十一世紀においてもくりかえそうとする社会の主流に対する抵抗でもあった。それぞれの物語は日本語を母語としない人々により朗読され、個々のポイントに設置されたFM発信機からごく小さな範囲で放送された。作品を体験するためには簡易なラジオ受信機をもってその場におもむき、ダイアルを合わせて放送を聴取する必要がある。いわば極端に場所特定的な、インスタレーション型・観客参加型の演劇作品だ。それが東京ヘテロトピアで、ひとりひとりの観客たちは巡礼となって近現代の東京の亡霊化された土地をさまよい、いまもそこにただよう記憶の呼びかけを体験した。東京ヘテロトピアはその後アプリ版として再発表され、いくつかの場所と物語が追加されて、現在も新たな展開を見せている。
 「ヘテロトピア」という用語についてはミシェル・フーコーを参照してください。われわれは、社会の支配的論理とは別の論理にしたがっている小さな場所のことをそう呼んだ。ある地点の過去を訪ね、そこでかつてあった(あるいはいま起こりつつある)かもしれない「よそもの」たちの物語を記すというフォーマットは、世界のどこでも試みることができる。高山明はその後、世界のいくつかの都市から招聘され、このヘテロトピア・プロジェクトを土地ごとのヴァージョンとして制作していった。ぼくはそのいくつかにも作家として参加した。本書の第一部「ヘテロトピア・テクスト集」はこれらの短い物語を集めたものだ。どのテクストも、土台となるリサーチを担当してくれた優秀なチームなくしては発想の糸口にもたどりつけないものばかりだった。つねに信頼を寄せて自由な執筆をまかせてくれた高山明さん、Port Bの田中沙季さんと林立騎さん(現・那覇文化芸術劇場なはーと)、そして東京および各地のリサーチャーのみなさんに心から感謝します。
 第二部は「もっと遠いよそ」と呼ぶことにした。ヘテロトピア・プロジェクトと精神的につうじるところのある、ぼく自身のフィクション作品を集めている。いずれもなんらかの経緯と場があって生まれたテクストばかり。それぞれの発表の場を与えていただいたみなさん、ありがとうございました。
 「野原、海辺の野原」は二〇一六年一二月三日に明治大学アカデミーホールで開催された「声の氾濫」(明治大学理工学研究科建築・都市学専攻総合芸術系設立準備イベント)のために書かれ、「すばる」二〇一七年三月号に掲載された。
 「そこに寝そべっていなかった猫たち」は明治大学文学部紀要「文学研究」132号(二〇一七年)に掲載された。
 「偽史」は杉田敦編集による同名の冊子(+journal、二〇一六年)に掲載された。
 「三十三歳のジョバンニ」は朗読劇「銀河鉄道の夜」関連書籍『ミグラード』(勁草書房、二〇一三年)のために書き下ろされ、ついで数回にわたって独立した全文朗読イベントにおいて上演された。
 「ヘンリと昌益」は日本ソロー学会の二〇二二年度年次大会の基調講演として構想・制作された。管啓次郎(ヘンリー・デヴィッド・ソロー)、木村友祐(安藤昌益)による対話劇として、一〇月に慶應義塾大学で開催された同大会にて上演され、また二〇二四年一月には八戸で再演された。
 末尾にCodaとして置いた独立した短い文章「川が川に戻る最初の日」だけが、本書の中では例外的なノンフィクションだ。東日本大震災の直後、野崎歓とともに編集したチャリティー作品集『ろうそくの炎がささやく言葉』(勁草書房、二〇一一年)のために書いた。しかし舞台となっている、一九九〇年代はじめまではたしかにあったソノラ砂漠の片隅のその場所も、すでに失われてしまった。われわれの社会はためらいなく多くを失っていく、壊していく、捨てていく。現実が失われたとき、書かれたものはフィクションと見分けがつかなくなるのか。われわれは文にむきあうとき、いつも潜在的にはそんな問いに直面している。いずれにせよ、これらの文がきみの何かの具体的な行動のきっかけになれば(たとえば「あの空き地を見にいこう」「強い風に吹かれてみよう」「老いた木に手をふれよう」「知らない人々の料理を食べにゆこう」「知らない言葉を十分間だけじっと聞いてみよう」「偶然出会った、明らかに外国人とわかる誰かに話しかけてみよう」といったこと)、それだけでそれぞれの文はむだにはならなかったといえるだろう。
 きみが知らないきみの隣人たちの人生を、想像するきっかけになるならば。

 二〇二四年八月一八日、狛江

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