『あかるい身体で』 海老名絢
『あかるい身体で』
海老名絢 / 七月堂 / 四六判変型 / 114P
私家版『きょりかん』(2018)、『声を差し出す』(2020)が中原中也賞最終候補にもなった詩人の最新詩集。
出会った風景、そこからわきあがった感情。
ささやかで、私的な言葉の連なり、ここに切り取られ綴じられた時間は、
たおやかさをもって読む人をうけとめ、
それぞれの日々をつつましく照らしてくれる。
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「灰色の猫」
足がしびれて朝です
もうこれで最後と繰り返して
フローリングの床を滑ってしまう
終わりにしたい物事を
持っていることは
少し背中を丸くする
わたしは装置なので
故障しやすい部分もあるし
通り抜けていくいろいろの感触を
受け取ったり流したりする
言葉は
わたしが生めるものではなくて
組み合わせだけを考案できる
研ぎ澄ました指先で感触を編んで
片隅から放つ
重さは絡まり合ってほどけない糸
背中に猫を作っている
抱きかかえられることを拒んで
そのくせ爪を立てて離れない
わたしだけの猫
春先のすーっとした冷え込みは
ふるい灰色の記憶を引き出す
再生を止めたいのに
毎年律儀に胸をひっかきにくる
終われないから そこに
とどまる感触があって
ちいさな子どもの身体だったことを
覚えている
灰色の猫を背負って
わたしは続いていて
今日も
世界の手を取る