『大工日記』 中村季節

『大工日記』
中村季節 / 素粒社 / B6変形判並製 240P

36歳女性、異国で夢破れ、家業である大工の世界に飛びこんだ――
ハードモードな“現場”の日々を、体当たりの知性とユーモアで疾走する驚きのデビュー作!
自主制作版『大工日記』(2024年)を大幅改稿。

「なんでもいいから今年は大工をやれ。やろう。そうしよう。いくぞ。そうして始めた私の大工見習いの日々の記録です」(本文より)

ブレイディみかこさん推薦!
「『私はわたしの精神を殺さない』と著者は書いている。
いけいけ、キリストも大工やった、と拳をにぎりながらこのレアな日記を読み終えた。」

前書きなど
はじめに


「うちは両親どっちも大工をやってるんです」
 え、お母さんも? すごいね、どんなの建ててるの? はあ、なんかマンションとかが多いっぽいですけど、鉄筋? 木造? いや、ちょっとあんまりほんとよく知らないんです、と口ごもるほどにわたしは大工というものが一体どういうものなのかわからないまま、36年間生きてきた。
 うっすら木屑をまとった作業着を洗濯機に放り込むとき、母の髪についたボンドをとってあげるとき、養生テープを絆創膏がわりにしている父の指をみるとき、そして「あともう何年かしたら引退する」と父がいったとき、私は「あ、そうか。じゃあやってみようかな、わたしも」とごく自然に口にしていた。
 家業を継ごう! とか絶対大工になりたい! とか崇高な思いがあるわけでなし、ただ私は、彼らの仕事を知ることもなくいつか別れることになったら、きっと後悔するだろうと思った。
 物心ついたときから、わたしのまわりには大工さんがあふれていた。家にあそびにくるのも大工さん、いっしょに遊ぶのも大工のこども、食卓にあがる話題もマキタとかベニヤとか何ミリのビスがどうとかそんなのばっかりだったし、親戚があつまってもみんな休みの日なのに作業着(ちょっときれいなやつ)をきているし、とにかくわたしの人生のなかに大工は繰り返しあらわれ、しかし実際になにをしているのかよく知らない、そういうものだった。わたしは、彼らとは違うものになりたかった。思いっきりちがう人生を歩みたくて、18歳になったらすぐに家をとびだしてそれきり帰らなかった。そのあいだわたしは、京都でパフォーマンスアートと称したボディコン盆踊り集団を結成して旅芸人のようなことをやってみたりアメリカをほっつき歩いたり東京でミュージックビデオの仕事をしてみたりカナダでシェフの修行をはじめたりしているうちに結婚しかけて逃亡しそろそろ大真面目にやろうと大企業に勤めてみたら髪の毛に10円玉ハゲが大量発生するほど思いつめた挙句よしこんどこそやったるぞと飛んだイギリスで夢破れ東京に舞い戻りアルバイトをしながら小説講座に通い始めたと思ったら突然利尻島で漁がしてえとひと夏を昆布干しに費やしてあざらしとの交信を試みたり、あれっ自分でもいよいよわけがわからなくなってきたぞというタイミングだったので、なにかパズルのピースがはまるってのはこういうことなのよと自分で自分を説得する、なんでもいいから今年は大工をやれ。やろう。そうしよう。いくぞ。そうして始めた私の大工見習いの日々の記録です。

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